気付いたら頑張る病が治ってた話。

最近、書きたいことはたくさんあるけど、全然まとまらな〜い。


過去、現在、未来が頭の中にカオスのように存在してて、それを整合性持って文章化するのが、私にはとても難しく感じるのだ。


ブログ書き始めた頃の方が書けてた気がする。


LDM受けて、自分が整うに連れて、逆に文章は書けなくなってる感が。笑


視野が広くなった分、見えるもの気づくことが多すぎて、上手くまとめられなくなってる気がする。

そして、いろんな出来事とか気付いたことが全部関連しているから、一部だけ上手く切るとれない感があるのだ。

なんとなくそう思う。


今回は、私の頑張る病について。


私、頑張る病が根深くて。
(頑張る病の定義は、ここでは、「何者かになろうとして、また、自己価値の低さを埋めるために頑張ることや男性性の暴走によって頑張ること」とする)


昨年、後半からは頑張らないで楽に過ごせるようにはなってきてたんだけど、あと1歩ってところだった。

何があと1歩かというと、無益なこと(そう自分で判断してること)を、どうしてもできなくて。


具体的には、子供が寝てからの時間に、どうでもいいような動画見たりすることができなかった。


子供寝てからの時間は「有意義に有益なことしたい、しなきゃ」っていうのが強くて。


それが先日、ついに変わったのだ。


子供が寝てから見たいアニメを見たり、ユーチューブ見たり。
無益といえば無益だけど、とても豊かな時間♡最高♡


これっていつぶりかな〜??


一年ぶりくらいかな。



頑張る病は鬱になって仕事やめてからは、それなりに影を潜めてた。それでも結構頑張ってたけど。


ひどくなったのは一年前くらいかな〜。


何年か前から受けてたオンラインの講座が男性性強めだったのだ。
で、去年のその講座やってる人達の別の講座を実際に受けに行った。


講師してる人が、ホントに素敵な人達で。
私もそんな風に生きたい〜!!って感化されたんだ。
本当に影響受けやすいのだ。笑


そのセミナーはとてもいい内容で受けてよかったと思ってる。私の人生をいい方向に変えるきっかけになったし。


いかんせん男性性が強すぎた。


私がそれに気づくことができてれば良かったんだろうけど、その時は全然自覚なくて。


女性性の方が強めのバランスが私にとっていい状態なのに、男性性強めの事をやって、男性性が大暴走。



止まれなくなった。



魂が望んでもない目標を掲げて頑張りに頑張ってた。笑



頑張りだして1ヶ月かそこらで、何かおかしいのはさすがに気づいた。


有益なことしてるんだけど、体の緊張感が強くて解けない感覚。


とにかく緊張がひどくて。


なんで緊張に気づけたかというと。


私は過去に頑張りすぎて強制終了(鬱や自律神経失調症)になったことが何度かあるので、その経験から普段から自分が疲れてるかどうかや緊張感などは注意して感じるようにしてたのだ。


だからおかしい事に気づくことはできた。


しかし、このまま行くのは違うな〜って思うんだけど、止まるのも怖くてできない。
間違ってるってわかってるのに。


そして、頑張ってる自分には価値があるけど、頑張ってない自分には価値がないと感じてたと思う。


それと同時に、頑張ってない人(特に夫)に対して、頑張りを強要するような態度にもなってた。私が頑張ってるんだからあなたも頑張ったらどう??みたいな感じ。
大きなお世話だよな〜。笑


今思えば恥ずかしい限りだ。穴があったら入りたいくらいだ。

と思う一方で、その時の自分が笑えたりもする。かなり面白いもん。



そこからしばらくして、堀内恭隆さんの男性性と女性性の本(ベストパートナー)を読んだことと、ホメオパシー健康相談受けてインナーチャイルドワークをしたことで、まずは自分が男性性の暴走状態だったことや、欠乏感から頑張ることに依存してたことに気づいた。

これが2020年の4月とか5月。


何が大事って、気づくのって大事だな。
気づかないと変わりようがないもん。


それからは少しずつ、今の自分を満たすことをするようにしてみた。
食べたいものを食べる、やりたいことをやる。できるだけ。


そして、やりたくないことはやらないことにした。
まずはご飯づくりをやめた。


主婦なのにだ。


この時、自分でも驚いたんだけど、私の中に「主婦(女性)は料理作るのが好きなものだ。家族のご飯は主婦が作る」「お金を稼いでない方がご飯を作る」というような価値観を、いまだに持ってたことに気がついた。


そもそも、私、料理するのあんまり好きじゃなかったのに、好きなんだって思い込んでたんだよな〜。笑


ご飯作りもご飯の段取りも放棄したら「夫がご飯どうする??買ってこようか〜??」って言ってくれたり。夫が動いてくれるようになった。


それまでは私が頑張ってイヤイヤご飯作る。
夫は食べるだけ。片付けは多少するけど。


すると「なんで私ばっかり、こんなことしなきゃならないの??」ってモヤモヤするんだ。


夫も私も料理したくない。
じゃあテイクアウトか外食にすればいいよね、ということで。

誰も何も困ることはなくて。


本当に楽になった。


作りたいときだけ作る。


作りたくないのにどうしても作らなきゃならないときは「自分は作りたくないけど作るんだ」ってちゃんと分かって作るようにした。


作りたくない気持ちを、ごまかさないように。

これが2020年の5月6月ごろ。


そんな中でLDMレベルアップクラスを受けた。
体験会を受けたのが7月で8月から正式に受け始めた。


これがとても良くて。そからの変化と言ったら、劇的。


でも、すごく派手な変化じゃなくて地味な変化なんだ。
でもこれを西村さんに言ったら、地味じゃなくてかなりすごいよって言われた。


西村さんのおっしゃる通りで、変化があまりにも自然すぎて、すごく地味に感じるんだろうな。無理矢理変わろうとか頑張って変わろうとか、一切思ってなくて、勝手に変わってきた感覚だし。



LDMでは、インナーチャイルドワークも含めて、これまで私が学んできたこと、やってきたこと、体験したこと、全部がいい感じに統合されて、どんどん自分のままで生きられるようになってきた。


自分の人生ってホントの自分を出さないで、無自覚にずっと取り繕ってきたんだけど、そんな必要なかったって真に理解できた。


でも、まだスッキリ頑張る病から抜けられくて。



長年の癖みたいなものだから。



たまたま子供が早く寝たりして空き時間ができた時は迷わず、有益そうなことをしてた。


無益と思うことはなぜか出来ないんだ。
時間がもったいないって思ったり。
妙な罪悪感があったり。


ずーっとそうだったからなぁ。


それが、とうとうできるようになった。



他人からみたら、無益な動画見ることのどこがすごいのか分からないかもしれないけど、自分にとってはすごいこと。



無益に過ごしても罪悪感なし。


むしろ豊かさを感じるのだ。


最後のひと押しをしてくれたのはLDMレベルアップクラスのまとめのところ。


これまでやったワークのおさらいみたいな感じでやって統合する。


それをやった時の体感には「喜びの蝶」とタイトルをつけた。


喜びの蝶は、ゴールドに輝いて、優雅に軽やかに気まぐれに自由に飛んでで、キラキラした鱗粉を振りまいてるの。


そんなのが見えたし感じた。


その体感で過ごしてたら、頑張る病から抜けられた〜♡




ちなみに、男性性暴走して頑張ってツイッターやってた時に、ツイッターで知人が紹介してて堀内さんの本に出会った。そこからの流れでLDM受ける事になったんだ。


頑張りに頑張ってどん詰まりにも関わらず、止まれなくなってた時に、頑張ってたツイッターで出会ったんだ。上手いことできてる。その時頑張ってたのすら流れに乗ってたとも思える。


さっきから頑張ることが悪いみたいに書いてるけど、そういう訳でもない。


ただ、頑張る病の定義にも書いた通り、今の自分を否定して欠乏感から頑張ることや、男性性暴走させて頑張ることは全然幸せじゃないなとは思う。実際にそうだったし。


でも、そうやって頑張ってきたおかげで今の自分がつくられてる部分もあるし、頑張ってきた自分にも感謝だなぁ。


面白い事に、頑張ることをやめたら、どんどん頑張らなくていい現実がやってくる。


前回も書いたけど、以前は欲しいって言っても夫が賛成しなかったドラム式洗濯機、夫が急に買うって言い出したり。ルンバも夫が買うって言って買った。



洗濯の後に干さなくていいことの楽さと言ったらこの上ない。
ルンバも毎日掃除してくれるから楽して毎日部屋がキレイ。


前より頑張ってないのに家事の仕事量も減り、減っただけでなく家事のクオリティーは上がってる。



ポイントは「頑張ることをやめたこと」もそうだけど、その根底に「そのままの自分にオッケーが出せたこと」と、「なんでもリラックスした体感で行うようにしたこと」があると思う。


頑張るのをやめても欠乏感がいっぱいのままだったら微妙だもん。


そういう自分が、どんどん楽に生きられる現実を作り出してるんだろうな♡



気付いたら文章長くなってたのでこの辺で終わる。