お尻を触られたことの不快感を観る

こちらの記事の続き。

chiha3339.hatenablog.com

 

子供時代の出来事について振り返り、感じる作業をした翌日。

とても久しぶりに朝から体が重くて、死にたいくらいの気持ちになりながら仕事に行った。

 

プールでの出来事をありありと思い出したことで、臀部を触られた時の感覚がリアルに蘇ってきて、それがすごく不快な感じでイヤで。

 

その感覚をどうにかしたくて。

 

西村さんに質問した。

 

「お尻を触られた感覚が体に残ってるのですが、これってどうやってチャージ(体)から出せばいいですか??その感覚をよく感じる、でいいでしょうか?」という問いの後にいくつかやりとりをして、

 

西村さんから「見ず知らずの人にお尻を触られたことで、不快を感じることは悪いことではないですよね?それをチャージから出したいとはなぜなのかな?と思いました。なんでもない時に、フラッシュバックがあって過去のことが、今のように感じてイヤということですか?」とメッセージが。

 

それで「その感覚がチャージに残ってるせいで私がダメになってる感覚。なんでもない時にフラッシュバックはなくて、このことを思い出したら感覚が戻る感じです。その出来事自体を否定したいのかなって思います。自分の価値がなくなった気になるのと、自分には力がない。アワの低次1000パーセント。あとは死ぬかと思うくらいの恐怖感。死産の時の体験も時間がない感じだけど、それとは全く違う感じで時間がない、スローモーションか止まってる感じかなぁ。死産の時と対極的だなって思います」と返事をした。

 

それで気がついたんだけど、自分は触られた感覚が不快だから否定して感じないように拒否していたんだ。感情自体は出して感じてみたけど、そのチャージの感覚は感じたくなくて否定したかったのだろう。イヤすぎて。

 

 それで、その感覚とともに過ごすことにしてみた。

その時は仕事中で整体の施術していたんだけど。その感覚を感じることをどうしても後回しにできなくて。

 

施術しながら、お尻を触られた感覚を否定しないで感じていた。そしたら、感覚はただの感覚だった。その感覚自体には快も不快もないというか。

 

たとえば、夫が同じような触り方で触ったとしたら、それは同じ感覚だなと思った。

 

そうやって感じていたら、自然と、触られた感覚が薄くなってほとんど消えた。リアルに感じることができなくなった。

感覚を否定してチャージから追い出そうとしていたことが、かえって感覚が残る状態になってたんだと気がついた。

 

そ感覚自体は不快と言えるものでなかったと分かったが、それなら、プールでお尻を触られたことの何が不快だったのだろうかと疑問を持った。

 

多分その不快はチャージの領域でなくて、フィルター(心)の領域で感じたんだろうと思う。

お尻を触られた後に、彼がニヤって笑ったのがすごくイヤだったし、不快だったもん。その笑みがとても不快。

 

リラックスして緩んで過ごしてる時に、全く構えることもできない状態で、知らない人(好きではない人)に触られた。

 

例えば、道歩いてて自分のカバンを誰かに奪われたとする。

 

これも怖いといえば怖い。ビックリもするだろう。でも、自分の領域に踏み込まれてはいるけど、体の領域より距離感が遠い感じがする。突然お尻触られるのとは感覚が違うと思った。

 

「体」に触られることは、カバンを取られるのと違って、自分がもっと侵食されたような感じがするなって思った。

 

自分が家でリラックスして過ごしてる時。

もし、家の周りに不審者がいてそれに気がついたら怖いけど。

急に不審者が家に入ってきたもっと怖いと思う。

 

ちょっと例えが微妙なんだけど、体を触られるのって距離感が近い感じがする。それを同意なしでされることの不快感??恐怖感??

自分が許可してないのに知らない人が勝手に踏み込んでくることへの恐怖感・不快感だろうか?

自分の領域としてエネルギー体に繭状のものがあるとイメージした時に、その繭状のものを破って中に入ってきて体を触るような、そんな印象。

 

好きな人になら許可した上で、入られてもいいけど、好きでもない人、知らない人に許可なく入られる領域でない感覚。

 

そしてそれを避けること抵抗することができなかった自分に対しての無力感??

 

うまく言語化できないけど、そういうものを感じた。

 

とにかく、死ぬかと思うくらいの恐怖感だった。

 

あとは、触られたことを「恥ずかしい」「自分に価値がない」と思ったことについて。これは突然の出来事でびっくりした、恐怖だった感情とはまた別の話になってくる。

 

つづく。