1000の晴れ

そのままの自分で生きる私の素直な表現

私、怒ることでイキイキしてる。楽しい。

昨日から今日にかけて、出来立てホヤホヤの出来事。

昨日、午前中はセッションして楽しく過ごしていた。終了後にメール見たら、保育園からメールが届いていた。

 

県から「感染者数が増えてきているから、感染対策の徹底をしてください」と園にメールが来たそうな。そのメールも添付されていた。

それで「明日から3歳以上クラスはマスク着用で、替えのマスクを持ってきてください」との内容だった。

うーん「子供のマスクには意味ないどころか、よだれでベトベトになったり、触ったり、するので不潔ということを保育の体験から園はよく分かってる。だからマスクは任意になってる」って、前に園長が言っていたんだけどなぁ。どっちにしてもウチの息子にはさせない方向でお話しを進めようと思った。

 

明日からの話なので、今日中に解決したいと思い、すぐに県に電話してマスクが任意であることを念の為確認した。

それからすぐに保育園に電話した。ところが園長先生ご多忙で。3回目の電話で別の先生が出て。その先生が、私がマスクのことで電話してきていると予想したらしく、マスクのマの字も言ってないのに「チハルさんとは何回かマスクの件でお話ししましたけど、園の方針は変わりませんので」と言いだした。そのあとも続けて何か言っていて一応最後まで先生の話を聞こうと頑張ったけど、もうムリ。

なんでも、私と園長がマスクについて話しているのをその先生も聞いているとのことで「これ以上話しても無駄だよ」みたいなニュアンスのことが伝わってきた。

 

私のことを決めつけて話す態度、否定的で全く受容的ではない態度に私はブチギレた。

そもそも、園長にも私のマスクに対する考えの10分の1も話せてないのに、それを又聞きしたあなたが一体、私の何を分かったつもりになってるんだ?!

 

私、電話では、園長先生に「マスクは任意だと思うので、息子にはさせたくないのでよろしくです」と伝えようと思っていた。それでマスクを強制してくるような発言があれば、らその時にこっちのもどう出るか考えようと思っていた。ただそれだけだったのに。

 

 

この先生、A先生とする。

A先生に怒りに震える声で言った。

「今、私、ものすごく悲しいです!ショックです!!私の意見は、まともに取り合ってくれないんですね。聞いてもいないのに決めつけるんですね?!」と。

 

態度が一変した私に対して「その言い方だと聞き取りづらいので落ち着いてください」とA先生。

「申し訳ありません!あまりにショックすぎて今はこのような話し方しかできません!!」と答える私。アドレナリン全開。こうなったらもうどうにもならない。このA先生、元々私との相性が最悪というかなんというか。言ってくることが、いちいち私の怒りポイントをいつもいつも上手に抑えてくる。ありがたいことに、その度ごとに、私は自分の大事な価値観がどんどん明確になっていくんだ。なんのご縁ですか??笑

Aさんのいってくることって、私の大切にしてる価値観、育児観の真逆の態度というか。

決まりなの従えとか、前例がなかったからとか、とにかく聞き過ごせないこと言ってくるんだ↓

 

「決まりなので」という思考停止な言葉では、私は従えない。

「今までそういう子はいなかったので」に対する違和感など。

 

あまりにも怒り狂っていたので細かい話の内容は覚えてないんだけど「私が県にも確認したけどマスクは任意と言っていました」と伝え、それからも勢いで何か話していたら、私の怒りに圧倒されたのか、保護者一斉メールで送った「明日から園児もマスクと替えの準備を」のメールの内容自体が、子供にマスクを強制するものではないとか言い出した。

 

は!?

あのメールをもって強制ではないだと!?

 

あのメールを読んで任意だと思う親がどこにいるだろうか。私の怒りの火がさらに燃え上がった。

私以外の全ての保護者は「送り迎えの際は屋外でもマスクを」という園からの通達を従順に受け入れて、一年中屋外でマスクをしている人たちだ。

その保護者たちがあのメールを読んで「そっかそっかマスクは任意なんだ〜、うちの子はどうしようかな〜」って、、、思うか〜!!

どこにも任意と明記されていなかったし、あの文面だと「子供のマスクは嫌なんだけど、マスクしてないと預かってもらえないかも」って思うだろう。

 

昨日まで、園児のマスクは任意で。最初はマスクしていたんだけど、いつだったかのタイミングで任意になったんだ。その時は「任意にします」のアナウンスがあったはず。

今でも、ごくごく少数マスクを子供にさせてる保護者もいるそうだが、息子のクラスの子で、保育園内でマスクしてる子を見たことはない。

保護者も「任意」と言われたらマスクをさせてないのだから、子供のマスクの無意味さも分かってると思うんだ。私みたいにおかしいと思っても意見できなくて、最初から保育園の言う通りにする親がほとんどなんだから、あのメールで任意というのならば、あまりにもひどいと思った。

 

「あれで任意と思う親がどこにいますか!?すぐにメールに任意と明記して送り直してくださいね!!」と伝えた。

 

他にもいくつかの意見を伝えた。

・「マスク」ではなくて「マスクか咳エチケット」にしてほしいこと。

・「そもそも、園サイドも子供はマスクちゃんと着けられない、だから付けるようにはしてないと言ってましたよね?」って聞いたら「正しくつけられるように指導します」との返答。いや、指導しても無理だって分かったから任意になったんじゃないのか??

(ちなみに、今、退園バスの迎えに行ったらバス内でマスクしてる子、さっそく鼻から上唇まで出ていた…。ほら、子供のマスクってそういんもんだよ…。でも、酸欠になるよりその方がいいと思う…、形式だけのマスク。マスクさえしとけばいいというマスク)

他にも色々お話はしたけど、元々、保育園宛に意見や要望を書いたものをお渡しして見てもらう予定だったので、それを提出するので対応お願いします、と言うことで話を終えた。

 

すごく怒りながら話していたけど、グラウンディングして肚から怒ってる感覚で。

昔は、胸と頭で怒ってる感じだったんだ。その時って何に怒ってるか、怒りの根っこが自分でもわからないし、相手を下げるような怒り方で。

今回は健全な怒りの感覚で起こっていたと思う。

 

不動明王的だ。

 

上にリンク貼った「決まりなので」と言われた時の記事、今読んでみたら、当時は、怒ることに対して否定気味だったんだなって思った。

あの時は、体が反応して怒りモードになっていくのを抑えようとしていたんだ。

怒ることは人として良くないとか、いかなる場合も怒っちゃいけないとか、とにかく「怒ることはいけないこと」というジャッジがすごかったんだな。

今回は全く抑えようとはしなかった。むしろ怒ることを自分に許可して、そのまま怒り全開でで過ごしていた。

 

先日、西村さんとのセッションで、私の感情、思考、意志を絵にしていった時のこと。

絵から、今の私は怒りが自分の原動力になっていくということに気づいたんだけど、本当にその通りだなと思った。

 

私が一番腹が立ったのは、A先生の態度。

私、電話した時点では全く怒ってない。至って普通に、挨拶して名前を名乗って「園長先生は今大丈夫でしょうか?」って聞いただけ。それなのに、A先生、園長先生は今別の保護者の対応中ですとい言って、それから勝手にマスクの話始めるし、しかも私に対して否定的なエネルギーで。

 

本当は園長先生かA先生どっちでも、受付窓口としてはOKなのでA先生が出た時点で私からマスクの件を切り出すことはできた。

ただし、A先生と私の相性が最悪なのは過去の体験から間違いないことで、だからあえて園長先生をお願いしたんだけどなぁ。A先生、何で話し出すの?笑

これはほんとに運命だ。笑

 

私は社会福祉士になるために福祉について学び、施設の実習とかも行った。そこでいろんな体験した。特別用語老人ホームの生活相談員として施設の窓口担当をしていた経験もある。対人援助について、そこでいろんなこと学んだ。今はクライアントさんにセッション提供してたり、リラクゼーションサロンでボディワーク提供してたり。

その中で私が、大切にしてること、私の価値基準がある。

相手に対してオープンで受容的であることって、すごく大事だと思っている。決めつけないことってすごく大事だと思っている。

そりゃ私だって、それを完璧にできるわけじゃないけど。

少なくとも、施設の利用者やその家族に対して、A先生が私にとったみたいな在り方の対応は、私の中であり得なさすぎて。

社会福祉系のキャリアは、今はもう全くどうでもいいんだけど、福祉の道を一瞬でも志した者としても、福祉に携わる施設の管理職の人があのようなのは悲しかった。

福祉とか関係なく、人としてどうなの?というのもあったし。

A先生から見た私って、よほど極悪人なんだろうな。笑

極悪人の私が無理難題を言うことから、保育園や他の園児を守ってるくらいに思ってるかもなぁ。

 

ま、私はものすごく腹が立ったわけだ。

 

怒ることを許可して全開で怒ったら、すごいエネルギーがみなぎってきた。

 

夫以外にこんなに怒り全開になったの初めてで。怒ることでイキイキしてすごく楽しい。

自分がこんなふうになるなんて思ってもみなかったのも全部楽しい。

 

余談だけど西村さんの在り方って、A先生の対極にあるなって思った。

 

以上